AIに知性はあるか?
この問いに対して私は十分にあると思う。
知性の有る無しについてはその構造で決まるものではなくその振る舞いによって決めるべきだ。
人間のチェスや碁の世界チャンピョンに勝つ時点で十分な知性だと言っていい。
ただし現時点で知性の種類と範囲はかなり限られている。
誤解がないように付け加えておくと人間の知性も(現在のAIに比べればましだが)極めて種類と範囲が限られている。
人間の行う知的活動の中で「覚える」という事については説明の必要はないと思うがAIには全く歯が立たない。
では「考える」についてはどうであろうか?
チェスや碁でのAIの勝利はこの「考える」という分野でも人間は猛烈な勢いで追い上げをかけられていると思う。
碁のAIプログラムがどうなっているのかは知らないが要は考えているように振る舞えばいい。
今後、考えるAIの活躍はルールの決まったゲームの中だけに留まらないであろう。
それでは「思う」についてはどうであろう?
「考える」に似ているがここで言う「思う」とは自意識があると言い変えてもいい。
既存のAIで意識を持ってることが証明されたものはないはずだ。
というより意識の存在を証明すること自体が難しい。
デカルトの「われ思う、ゆえにわれあり」にあるように自分の意識の存在は証明できても他人についてはおそらくあるであろうという推測に基づいている。
あまりこの事を深く突っ込むとややこしいので平たく言うと
私に意識があるからあなたにもあるでしょ?という事で成り立っている。
人間と人間は似たもの同士だからそれでOKで犬や猫も呼びかければ返事をするから意識があるかな?ぐらいな感覚で成り立っている。